走れ!ピンク・レディー〜pinklady-MagicalKiss〜

”いつでもどこでもピンク・レディー”今年はピンク・レディーの活躍と同時期に活動したアイドルもこちらに掲載していきます。

ブログパーツUL5
<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | | - | -
ピンク・レディーの秘蔵映像集
 ピンク・レディーほど当時のメディアをフル活用してスターになったスターはいなかったといえる。
今ではテレビも多様化して様々な番組をその人の趣向に合わせて見ることが可能だが、30数年まえまではブラウン管を通してただひとつのものしか見ることが出来なかった。
だからこそ、みんなでいろんなものを共有出来たのかもしれない・・・

そんな時代、テレビの申し子的に表れたのがピンク・レディーだった
ブラウン管を通していっぱいいっぱいのパフォーマンスで我々を楽しませてくれた。
そんな時代のピンク・レディーがひとつの看板番組の名のもと、DVDで発売される。
なんとも嬉しく懐かしいことである。

活動を再開したピンク・レディー
でも、彼女らの原点の姿もじっくりみていただきたいと思う。

栄光の天使たち
 レア的存在のアニメ「ピンク・レディー物語」のOP、EDです
じっくりご覧ください。

志村けん35年特別番組
今日、志村けん35周年特別番組が放送されてました。
加藤ちゃんとのなつかしいコントもたくさん・・終始笑いっぱなし・・・

あの頃、子供だった僕たちには懐かしい笑いの連続にあの時代をリアルタイムで知っていてよかった〜と思うと同時にあの時代のテレビには家族みんなの笑いがあったような気がしました。

志村さんといえばすなわちドリフです。

 ピンク・レディーがブレイクしたのもドリフターズの8時だよ!全員集合でペッパー警部の振付を取り上げてもらったことがきっかけでした。

以来、たびたび新曲の振付をコーナーで取り上げゲストたちが一緒に踊るという光景がありました。
あのジュリーも淳子ちゃんも宏美ちゃんも・・・

70年代から80年代にかけて小中と過ごした僕たちにはテレビという魔法の箱の中にたくさんの夢をみていたような気がします。

今の世の中では考えられないほどの大きな夢

それに憧れ志した方も少なからずいたのではないでしょうか?
誰も傷つけることもなくみんなが手放しで笑えたあの頃、みんなで共有できたあの頃
その中にピンク・レディーもいましたね。

いい時代だったなあと感ます。

今は今で違った良さはあると思いますが、ピンクの歌や踊りに夢中になっていた頃、手放しの笑いがいつも隣にいたことを今日改めて感じました。

いや〜楽しかった。

春やすこ・けいことピンク・レディー


みなさん、漫才師の「春やすこけいこ」覚えてますか?
漫才界のピンク・レディー
とか言ってましたよね。

イボコロリのCMでサウスポーに似た衣装で出たり・・・
記憶にありますか?

80年代の最初漫才ブームがありました。
その頃、彼女らのネタは・・・
常に落ち目になったピンク・レディーのことでしたね

ファンとしてはあんまり面白くないネタでしたが・・・

「私ら漫才界のピンク・レディーといいまして・・あの頃ピンク・レディーは手の届かないところにありましたが、それからグングン・・・遂に私らが追い越しましてん〜!」

っていうような・・・

常に落ち目になったピンク・レディーを風潮していた頃がありました。

ところで、春やすこけいこのご両人。
今何したはんねやろう?(笑)

色んなことがありましたね〜

本当にピンク・レディーのファンを長年やっていて・・・
今が一番いいときなのかも知れませんね〜

ピンク・レディー・プラチナ・ボックス (初回限定生産) (4CD+2DVD)
ピンク・レディー・プラチナ・ボックス (初回限定生産) (4CD+2DVD)
ピンク・レディー
ピンク・レディーとアニメソング
70年代最高のパフォーマーピンク・レディー
ピンク・レディーの成功の裏には色々と取りざたされてはいるが、アニメーションの世界と歌謡界とのドッキングがあったのだと思う

僕らの世代では懐かしいアニメはたくさんある。
中でも画期的だったのが、永井豪のマジンガーZ
それまでのロボットものと違ってリモコンなどで操作をするのではなく、中に乗り込む自動車タイプ?というのが画期的だったのだ。
中に入り込んで操作する
そういった新しい視点がそれ以降のロボットものの進化につながった。

ピンク・レディーの場合その乗り込む状況を一緒で歌と踊りをドッキングさせたら・・それもそれまでと違った激しいものに?という新しい視点のものを・・ということが成功の要因であるが、ピンク・レディーの大ヒット曲それぞれにアニメソングに共通するようなものが含まれてもいる。
評価とは成功だけしかされない。
厳しいけど、それが世の中だからだ。
敗者に栄光なしというとおり、成功すればそれでOKなのだから・・・

阿久-都倉コンビの放った数々の名曲には常にクオリティの高さが曲を追うごとに出てきた。
先ほどのマジンガーZ
最初のテーマソングより次のグレート・マジンガーの方がよりクオリティが高い。
これをピンク・レディーに置き換えてみると、ペッパー警部とサウスポーみたいなもの。
サウスポーのあの映像が目の前に現れるような音の刻み
Aメロからワクワクする音
世の中なんでも進化するものであるから、アイディアも進化していく。

ピンク・レディーの一連のヒット曲(ミリオン組)は他を圧倒する曲作りが成されているわけで、今も新しい感覚で聴ける曲ばかりだと思う。
それはみんなのワクワク感を誘う匂いを多く持っているからだと思うのだ。

今回はマジンガーZとの比較でしたが、次は少女ものとの比較をしてみたいと思います。
僕の娘の持っているものを少し借りまして(笑)

やっぱりキャラクターとしてのピンク・レディーの凄さをもっともっと語って行きたいなあと思うのです。
ピンク・レディーのマジカル・キッスこれからもよろしく・・
マジンガーZ(21st century ver.)
マジンガーZ(21st century ver.)
水木一郎,樫原伸彦,東文彦,渡辺宙明
スーパーヒーロー・クロニクル スーパーロボット主題歌・挿入歌大全集I-マジンガーZ・ゲッターロボ・グレートマジンガー・ゲッターロボG・宇宙円盤大戦争・鋼鉄ジーグ-
スーパーヒーロー・クロニクル スーパーロボット主題歌・挿入歌大全集I-マジンガーZ・ゲッターロボ・グレートマジンガー・ゲッターロボG・宇宙円盤大戦争・鋼鉄ジーグ-
アニメ主題歌,水木一郎,東文彦,渡辺宙明,コロムビアゆりかご会,小池一雄,江口隆彦,永井豪,高久進,ザ・スウィンガーズ,中村しのぶ
コメットさんの逆襲
77年秋から78年秋までの一年間はピンク・レディー人気が一番ピークだった時期であります。
世間がピンク・レディーに少し飽きてきた頃・・それが78年秋からだったことを記憶している。
相変わらずの旋風で吹き荒れていたピンク・タイフーンではあったが、弱冠陰りが見えていたことは確かである。

そんな頃、新たな3人娘として脚光を浴びてきたのが、榊原郁恵、石野真子、そして大場久美子であった。

大場久美子は79年春からNTV紅白歌のベストテンの司会も務めるようになる。

そんな大場が一躍ピンク・レディーの後を継ぐ子供達のアイドル?となったもののひとつに78年秋から放送されたコメットさんがあった。

僕は当時興味があった訳ではないので、全く見たことはない。
ただ、あれほど子供向けの番組に出ずっぱりだったピンク・レディーの隙間を入り込んできたコメットさんには多少なりのライバル意識があった。
魔法使いのコメットさんと星から来た栄光の天使たちの対決はピンク・レディーのアメリカ進出をきっかけに徐々にコメットさんの方が当時の子供達の注目を浴びるようになっていく。
80年に松田聖子が登場して新しいアイドルブームが訪れるが、ピンク・レディー人気が下降していってから松田聖子までのつなぎを見事に果たしたのはコメットさんであり夏のお嬢さんであり、狼なんかこわくないといった少女たちだった。
当時のブラウン管を華やかにしてくれたものだった。

やっぱり華やかなアイドルの存在はいつの時代にも必要なものですね。

そんな彼女(大場久美子)の代表曲といえば、やっぱりこれ「スプリング・サンバ」
ポップなこの曲は見事なアイドル歌謡であり、今でも充分アイドルソングとして誰かにカバーしてもらいたいなあ・・なんて思うほどです。

そんなスプリング・サンバもiTunesで配信されていました。
思わずダウンロードしてしまいましたよ〜(笑)
気になる方、録音してみます?
↓クリックしてしばらくお待ち下さい

大場久美子


ゴールデン・ベスト
ゴールデン・ベスト
大場久美子
暴露本?
ふぞろいな秘密
ふぞろいな秘密
石原 真理子

今日のニュースであの石原真理子が復帰会見を行っていた。
石原真理子とは?僕らの世代ではアイドルだったのだ。
「ふぞろいの林檎たち」というドラマのことを書けばピンとくるはずです。

今回の復帰会見は自叙伝の発表を合せてのものであったが、暴露本ともとれるような内容だそうで、過去13人の男性との関係を実名で公表しているとか?

でも、実名まで載せる必要があったのかは疑問ですが・・・

終わったことなら今、もっと違った形で自分に回帰させて欲しかった気もするけど・・・

そういえばケイちゃんも自叙伝を以前発表して話題になりましたが、彼女の場合実名は公表していませんよね。
なんとなく想像ではわかるけどね。

でも、ケイちゃんの場合は恋愛のことよりもピンク・レディーの解散の本当の理由やNBCをはじめアメリカ進出の詳細のことの方が関係者(ファンを含む)には興味のあったことでしたね。

だけど、真実?を書いた自叙伝。
ファンでない人からみればやっぱり暴露本ととられてしまうんですよね〜
ま、しょうがないか・・

あこがれ
あこがれ
増田 恵子
気になる季節


昭和52年の秋といえば、ピンク・レディー人気がもっとも高かった頃で、当時新曲の「ウォンテッド」は13週連続1位を記録していました。
そんな頃、その人気にあやかってこんなドラマが放送されていましたね。
「気になる季節」
当時、僕は・・実は1回も見たことがありませんでした。
なので、まったく詳しいことなどもわからず・・・ただ、1度だけ親戚の家で見た記憶があります。
ドラマの内容なんかはま〜ったく憶えてないけど、最後にウォンテッドを歌っていたのだけ憶えていました。
普通ドラマの最後で歌なんか・・歌わないのに・・・それだけピンク・レディーには歌と踊りが常にセットだったんだなあと感じます。

共演者にはあの桜田淳子ちゃんもいたそうで、この頃からピンク・レディーを中心に何もかも動き始めたんだろうか?などそんなことを思ってしまいます。
ディック・ミネさんも共演者の中にいましたが、うちの親父が好きでよく♪ダイナ〜・・なんて歌ってましたよ(わかんないかな?笑)

映画「ピンク・レディーの活動大写真」がDVD化されましたが、ピンク・レディーの演技ということに視点をおいたら、このドラマもDVD化してもらえないかなあ〜
一度見てみたい・・と思います。

ちょうどこれから気になる季節ですね。
ピンク・レディーとカルピス劇場
僕らの世代で、ピンク・レディーをおもちゃ箱と例えてみるとそれは実にたくさんのキャラクターを生み出してくれた。
「UFO」「サウスポー」「モンスター」・・・たくさんのキャラクターが登場する。

ピンク・レディーは僕らが小学生のとき、クラスの女の子たちには「キャンディキャンディ」や「パティ&ジミー」などと同じ感覚で捉えられ、それぞれがそれぞれに好きなグッズなどを持っていた記憶がある。(僕はせいぜいハンカチを隠し持っていた(笑)程度でした)

そこで、今日取り上げるテーマは僕と同い年の人でないとピンとこないかも知れませんが・・・

なつかしや、「カルピス劇場」後に世界名作劇場と変更になりましたが、1年もののアニメーションとしてそしてどの子供も見ていたのがこの「カルピス劇場」でした。


ピンク・レディーがデビューした昭和51年は「母をたずねて三千里」が放送されていました。時に小学校3年生のときです。

マルコとアメデオのグッズも当時提供のカルピスのCMでプレゼントなんてのがありました。
あのハイジが昭和49年、小学校入学の時でした(この時同じ時間帯で放送されていたのが後に再放送でヒットした”宇宙戦艦ヤマト”だったのです)

ハイジから数えて3作目がこの「母をたずねて三千里」でした。

そして、ピンク・レディーがブレイクした昭和52年、カルピス劇場は「あらいぐまラスカル」を放送。
渚のシンドバッドとこのラスカルの主題歌は僕の中では耳の中の同じフォルダに収められています。

そして、ブレイクのピークを極めた昭和53年。
「ペリーヌ物語」

この後です、ピンク・レディーとカルピス劇場に変化が起きたのは、この翌年、昭和54年(1979年)ピンク・レディーはアメリカ進出が本格化するに連れて人気が下降していきましたが、カルピスも業績不振とかで、提供を単独から味の素と共同で行い、タイトルも「世界名作劇場」変更になりました。この後、カルピスは提供を離れ、変わってハウス食品がこの番組を支えるように変わっていきました。
そして、カルピス劇場の主題歌といえば、この方、大杉久美子さんもピンク・レディー人気と比例するように昭和53年の「ペリーヌ物語」が最後でした。

大杉久美子さんは今でも歌い継がれているハイジのエンディング曲「まっててごらん」や「フランダースの犬」から「ペリーヌ物語」までの主題歌、副主題歌を歌っていました。

そして、ハイジの主題「おしえて」を歌った方といえば伊集加代子さん



伊集さんはピンク・レディーのバックコーラスとして活躍されてました。

昨年復活最終公演でご紹介されてましたね。(DVDで見ました)

ここまで、書いてきたのは何かというと、僕らが子供の頃良質なファンタジーがこの名作劇場とピンク・レディーだったように思うからです。
多くの夢を当時の子供たちに見せていただき、そして今でも残っている


そんな共通点を感じてしまうのです。

昭和54年、ピンク・レディーの国内後退とともにカルピス劇場も世界名作劇場と変わり、あの耳に残っていた大杉久美子さんの歌声もこのシリーズからなくなり、時代の変化を当時小学校6年だった僕は感じていました。(この後、大杉さんはドラえもんの主題歌を歌いました)
その頃からあまりその名作劇場も見なくなりました。
昭和55年(80年)のトム・ソーヤの冒険なんか見るとあの解散劇が思い出されてしまいます。

実に昭和54年の「赤毛のアン」は全くみませんでした。

前回のコマーシャルの思い出からちょっと飛躍して今日はテレビそれも子供をテーマに書いて見ました。

そしてそんな主題歌全集がこちら今では貴重品かも知れません。
ハイジは収録してませんが、フランダースの犬から収録しています。
僕もたまに聴きますが心落ち着きますよ。名作アニメ主題歌大全集
名作アニメ主題歌大全集

2006年1月14日Blogピンク・レディーの楽しい道掲載の再掲載です。
ピンク・レディーのCM
今回載せる記事は今年の正月明けに書いたものです。
Blog移行の際、残したい記事のひとつなので是非こちらに残したいと想い再掲載します。(なお、この記事には当時コメントがついていましたので、そのまま再掲載も致しました。ご了承下さい)

では、ピンク・レディーのCMについてです。

ピンク・レディーといえば当時社会現象となったほどですから・・・
当然たくさんのCMに出演していました。



そんなピンク・レディー最初のCMは・・・
グリコアーモンドダンでしたね。
ヒット曲「ペッパー警部」のイメージでしょうか?
まるで西部劇にでも出るような衣装で
最初ソファーのようなものに座っていてこのアーモンドダンを一粒づつ持って
♪ダ〜ンダンアーモンダ〜ン
そして立ち上がってテンポアップ
♪香ばしさが〜新発売するの〜ダンダンダ〜ン アーモンドダ〜ン
ダンダン!
こんなCMソングだったように思います。
ピンク・レディーを初めてCMで見たときの感激は今でもハッキリ覚えています。
番組以外でミーちゃんケイちゃんが見られる・・・感激でした。
続いて「S.O.S」の頃、これまたグリコラブリーチョコ。
これはかわいかったです。そうこうしているうちにあの有名なシャワランシリーズが始まりました。
これは解散まで唯一続いたCMでした。
77年にはグリコのしぐれ
そしてみんな忘れがちですがあのコカ・コーラのCMにも出てましたよね。ちょうど、スーパーカーブームと合い重なって・・
秋にはチョコリロ(秋の遠足で確か買ってもらって食べた記憶があります)
78年に入るとご存知のCM目白押し。
日清焼きそばUFOに始まり、雪印の宝石箱、金鳥マット、ニッポンハムウィニー・・・・書ききれないくらいたくさんのCMに出演していました。

中でも当時中学に入学するとき選んでいたのが中1時代にするか?中1コースにするか?でした。
ピンクが出てくる前は、桜田淳子ちゃんが、コースのCMをしていました。文字通り百恵、淳子対決だったわけです。
それが、この頃は百恵VSピンクでしたね。
年間予約のプレゼントも楽しみでした。
僕はギリギリピンク最後のコースのCMのときでしたので「ちびラジ」もらいましたよ。

続きを読む >>